社会の変化が、情報の持つサプライズ感を弱め、“有事”が起きても以前のように、金価格が上昇しなくなった、という筆者の考えが正しければ、今の時代、今後の金価格の動向を考える上で、一度、“有事の金買い”“安全資産”という言葉から離れ、改めて材料を確認する必要があると筆者は考えています。
(1)有事のムード [短・中期]
(2)代替資産 [短・中期]
(3)代替通貨 [短・中期]
(4)中印の宝飾需要 [短・中・長期]
(5)中央銀行 [長期]
何か有事めいたことが起きると“有事の金”“安全資産”という側面で注目を集めることがありますが(そもそも投資に安全などないと思います)、それだけが、金相場の変動要因ではありません。
有事だけが、金相場を動かす要因ではないですし、株との逆相関、ドルとの逆相関だけでもありません。つまり、変動要因は一つではないわけです。
現代の金相場は、少なくとも5つのテーマが“層”になっており、時には有事が、時には代替資産が、また時には代替通貨が、あるいはその中の複数が、相殺し合い、その結果、一つの金価格が決まっているわけです。
この点は、金相場の今後を考える上で、非常に重要な点です。金には一つしか材料がない、金は一つの材料で動いている、という考え方では、現代の金の値動きを説明したり、今後の展開を考えたりすることは、不可能だと筆者は思います。
一見複雑に見えるかもしれませんが、簡単に言えば、“上記の5つのテーマの影響度を、足し引きすること”なのです。
例えば、昨晩、金価格が上昇したとして、同時に、株高、ドル安が起き、米国で新型コロナウイルスの感染拡大を伝えるニュースがあったとします。金にとって、株高は“代替資産”の面で下落要因、ドル安は“代替通貨”の面で上昇要因、新型コロナウイルス感染拡大による“有事のムード”の面で上昇要因、差し引きすると、上昇、という具合です。
株が下がった時だけ、有事が起きた時だけ、金に注目するのではなく、常日頃から、金の価格を確認しておくことで、株高でも金高が起こる場合があることや、有事でも金価格が下落する場合がある。
世界の中央銀行は、外貨準備として外貨(主に米ドル)の他に、金も保有しています。外貨準備とは、為替介入の資金として使用され、自国通貨の安定と通貨危機に備える資産のこと。WGCが2016年8月に発表したデータによると、各国の中央銀行が保有する金を合計すると約3万2,800トンで、これは地上在庫18万6,200トン(2015年末時点、GFMS調べ)のおよそ17.6%にも上ります。そして、これだけのビッグプレイヤーですから、その売買の動向は、歴史的にも金相場の大きな変動要因の一つになっています。
今も昔も金を最も多く保有している国は米国です。世界の中央銀行が保有する金の約25%にあたる8133.5トンを保有しており、2位のドイツ(3,378トン)の2倍以上。なぜ米国はこんなにたくさんの金を持つ必要があるのでしょうか。
世界の基軸通貨である米ドルを自国通貨とする米国は、外貨準備として他国の通貨を持つ必要がありません。その代わりとして、自国通貨の価値や信頼感の裏付けとして、無国籍通貨と呼ばれる金を保有しているというわけです。
中央銀行全体では、売り手から買い手に変わり、2010年には22年ぶりに買い越しに転換しています。中央銀行の金保有量の増加は、裏返せば、世界情勢が不透明になっていることの表れでもあります。