図は一橋大学教授の青島・加藤氏が作成されたものです。「利益の源泉」と「注目する点」から戦略論のアプローチを4つに分類しました。
「外」の「要因」に着目する「ポジショニング・アプローチ」
「内」の「要因」に着目する「資源・アプローチ」
「外」の「過程(プロセス)」に着目する「ゲーム・アプローチ」
「内」の「過程(プロセス)」に着目する「学習・アプローチ」
ここで、簡単に各アプローチを説明します。
・ポジショニング・アプローチ
権威の不在が戦略論の混乱に油を注いでいるようです。少し前までは戦略論の権威がいて、その権威には少なくとも公然とは逆らえないという空気がありました。その権威とは、「競争戦略(Competitive Strategy)」という言葉の生みの親、ハーバード大学大学院教授のマイケル・E・ポーターです。
競争戦略という言葉は、戦略論では一般的に使われており、現在では企業戦略の代名詞にもなっていますが、この競争戦略というのは、ポーターが1980年代に著した「Competitive Strategy(邦題:競争の戦略)」の題名がそのまま戦略論に定着したものです。1980年代にMIT(マサチューセッツ工科大学)のビジネススクールに留学した私の友人は自らを「ポータリアン」と称しているほどです。経済学の分野ではケインズの学説を支持する人々をケインジアンというのですが、経営学の分野で人の名前の後に「-ian」がついたのはポーターくらいでしょう。
さて、この戦略論の権威、ポーター教授が提唱したのがポジショニング・アプローチです。
経済学の理論に従えば、完全競争のもとでは超過利潤はゼロになります。ある企業の利益率が相当高いとします。つまり超過利潤を得ている企業のある状態です。企業家の目にはこの事業そのものが魅力的と映りますので、このような美味しそうな事業を放っておくわけがありません。次々と企業が参入し、この参入は超過利潤がゼロ、最終的には儲かる会社がなくなるまで続くというものです。
ところが実際にはこのようになっていません。実際には、超過利潤を得ている企業がたくさん存在するのですから。
この問いに対して、2つの答えがあります。
・その企業に独自の優れた経営資源がある・・・「内」の「要因」に焦点を当てる。
・産業構造上儲かる仕組みになっている・・・「外」の「要因」に焦点を当てる。
ポジショニング・アプローチは、高い利益率の原因を「外」の「要因」つまり、外部環境の構造的な要因に焦点を当てて分析しようとするものです。分析単位は各企業の主戦場である各業界=産業を基本となる単位として分析のための枠組みを考えます。
つまり、産業の構造によって企業の行動が自ずと決まり、その結果として企業の収益性や利益率が決まってくるというものです。この図式はS-C-Pモデルと呼ばれています。
産業構造(Structure)
↓
企業行動(Conduct)
↓
企業の成果、業績(Performance)
このS-C-Pモデルは、もともとは経済学の産業組織論で考えられていたもので、経営学ではこの基本的な枠組みをひっくり返す形で考えられています。アメリカの反トラスト法や日本の独占禁止法をみてもわかりますように、産業組織論では産業の収益性が高いことは解消されるべきとしているのに対し、経営戦略論ではむしろ好ましい状態と考えられている点にあります。
S-C-Pモデルをそのまま当てはめると、企業の業績に最も影響を与えるのは、企業の中身ではなく、産業構造そのものだということになります。
このように企業外部の産業的要因が重要であると考えると、経営戦略上は「儲かりそうな」産業を探したり、あるいは現時点での事業領域を「儲かる」構造にすることにある、ということになります。
・資源アプローチ
高い収益率の原因を「内」の「要因」に着目するアプローチです。
たしかに、業界によって収益率は違います。しかし、同一業界内でも収益率の高い企業と低い企業が存在するのも事実です。実は、同一業界内の企業ごとの収益格差は、業界ごとの平均収益の格差よりも数倍大きいということが実証されています。(ウォートンスクールのダイナミック競争戦略 ジョージ・デイ デイビッド・レイブシュタイン編 小林陽太郎監訳 東洋経済新報社 1999年10月 p60)
やはり、高収益の源泉は企業内部の優れた資源やこれを使いこなす能力(ケイパビリティ)にあるのではないかというのが資源・アプローチです。
ジェイ・B・バーニーは企業の有する資源やケイパビリティのうち、①経済価値があるだけでなく、②希少性があり、しかもそれが③模倣困難で、この貴重な資源を十分活用できるように④組織が統合されていれば、持続的な競争優位の源泉になると提唱しました。(企業戦略論 ジェイ・B・バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年12月p251)
バーニー教授は、さらに、「企業戦略論では企業がいかに大きな意思決定(big decisions)を正しく行うかを競争優位の源泉としてきた。」とした上で、「無数の小さな意思決定(numerous small decisions)を正しく行う能力に依存している場合もある。この無数の小さな意思決定を上手に行う能力はその企業の外からはほとんど目にすることができない。」といっています。(企業戦略論[上] ジェイB.バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年12月 p263〜264)企業の外部から目にすることができない無数の小さな意思決定は模倣困難であり、むしろこのような意思決定の方が、大きな意思決定よりも、持続的な競争優位の源泉になるというのがこのアプローチの特徴です。
・ゲーム・アプローチ
「外」の「過程(プロセス)」に着目するアプローチです。
ポジショニング・アプローチは高収益の原因を企業の外部環境にあるとしました。ただし、この外部環境は与えられたものです。そこで、他社と競争するばかりでなく、協調などもして、高収益を生む外部環境を積極的につくってしまおうというのがゲーム・アプローチです。
ゲーム・アプローチは他の3つのアプローチにみられない特徴を持つことになります。
① ゲームの参加者は誰か
ゲームを理解するためには誰がゲームに参加しているかを知ることが当然重要となります。ゲームの参加者が見えなければ、ゲームのルールもわかりませんし、ましてゲームのルールを変えるということはできません。
② 他社への反応と他社からの反応の重視
自社の行動が他社へどのような影響を及ぼし、他社がどのように反応するかということは重要なことです。このような企業間の相互関係の連鎖を重視するというのがゲーム・アプローチの特徴です。
③ 「協同関係」の重視
まず第1に他社との「競争」だけではなく「協調」関係もあるということを明らかにした点です。他のアプローチでは「協調」を必ずしも十分に議論されていませんでした。「競争」だけではなく「協調」も明示したというのがゲーム・アプローチの特徴です。
第2に競争することにより、各競争企業の各々の利益が増大する可能性があるということを示した点です。この場合には競合企業も「敵」ではなく、協調して売上を増やす「味方」と考えられます。
「ゲーム理論で勝つ経営」の著者であるA・ブランデンバーガー&B・ネイルバフは競争(コンペティション)と協調(コーペレーション)を合成して、コーペティション(co・opetition)という造語でこのような特徴を表しています。コーペティションという言葉の意味は、競争に対する次のような対照的な考え方をみると、より鮮明に理解できるかと思います。
「自分が成功するだけでは不十分だ。相手が失敗しなければならない」
vs
「自分自身が輝くために、他人の光を消す必要はない」
(ゲーム理論で勝つ経営 A・ブランデンバーガー&B・ネイルバフ著 嶋津祐一・東田啓作訳 日経ビジネス文庫 2003年12月 p15〜16)
・学習アプローチ
「内」の「過程(プロセス)」に着目するアプローチです。
資源・アプローチは、企業に高収益をもたらす原因を独自の経営資源にあるとしたのですが、その経営資源をどのように蓄積するかについては多くを提供していません。それに対し、学習アプローチは技術や情報、経験といった「見えざる資産」が蓄積されていくプロセスそのものに注目するものです。
従来の戦略論では、戦略は「事前の計画」と「その実行」というように2つに分かれていました。しかし、「事前の計画」が間違っていることもしばしばです。このような状況で無理に計画を実行すれば事態はさらに悪化します。
将来は不確実で予測しにくいというときは、実験と失敗を繰り返し、漸進的に学びながら、実践的な技術や経験を身につけ、成功に結びつけるということが有効となります。
また、このように先が見えないような状況では、意図的にトップダウンで戦略を策定するより、活動を通じて自然発生的に生成された戦略の方が有効である場合もあります。このような一見、戦略とはいえないような戦略を「創発的戦略」といいます。